遺された都にて

 二十一階へ降り立った冒険者を迎えたのは、彼らが目にしたこともない光景だった。
「なんだ……ここは」
 口に出したのはやよいだけだったが、その場のメンバーはすべて同じ思いを抱いていた。
 確かにこれまでも一定の階を降りるごとに周囲の様子は一変していたが、今回の変わりようはこれまでとは明らかに違う。周囲は木ではなく壁で囲まれており、簡単に言うと、そこは森ではなかったのだ。
 アルフレッドが壁を数度叩いた。
「壁が石のような、でもこれは石ではないですね」
 上が塞がっているのに周囲に充分な明かりがあるのは、壁によっては四角形の大きな、窓と言うには大きな穴が開いているからだ。そこから見える光景から、そばに寄らずともここが相当な高度にあることはわかった。しかし、その割には風がない。空気が動いていないのだ。
「危ないです!」
 セレナの声を無視してその穴に近付いたストライダーは、穴に向かって拳を伸ばした。コンコンと、硬質な音がする。
「ここは透明な板が嵌まっているな。この大きな窓から落ちることはなさそうだ」
「建物、なんでしょうか」
 セレナのつぶやきに、アテナが応じた。
「こんな建物は見たことも聞いたこともないですけどね……! 何が出てくるかわかりません。みんな気を付けて」
 慎重に、慎重にとパーティが進もうとした先に、行く手を遮るように二つの影があった。パーティにとっては見覚えのある姿だったが、これまでと決定的に違うのは、とてつもない殺気を放っていることだ。
 二つの影の内、背の高い方が顔を伏せたまま、しかし良く通る声で話し掛けてきた。
「君たちは、ついにここまで来てしまったね。でも、ここは人の来てはいけない領域なんだ」
 その声に、やよいが飛び出した。
「漣!」
「弥……生?」
 顔を上げたレンは、信じられない物を見たかのように、大きく目を見開いて、飛び出した少女を見たが、すぐに顔をそむけた。
「エトリアに凄腕の女剣士がいると聞いたから……やっぱり!」
「……なぜ、どうして、ここにいる」
 初めて見るレンの動揺した姿に、ようやく、わけがわからずにあっけに取られていた他のメンバーも我に返った。
「やよいさんは剣の先輩を探してエトリアまで来たんです!」
 セレナが大声を上げた。それにアテナもうなずいて、一歩踏み出した。
「それがレン、あなただった、ということですね。私たちも知らなかったのですが」
 レンはうなだれていた。二人の言葉も、聞こえているのかどうか。
「参ったな……君たちは第四階層まではずっと同じメンバーだったじゃないか。あの白髪はどうしたんだ……。何でよりによって……弥生……」
 レンは俯いたまま、額に当てた手で髪をくしゃくしゃといじる。
「一緒に帰ろう、漣。みんな心配している」
「それは……できない」
 声をかけてレンに歩み寄ろうとしたやよいだったが、それはかなわなかった。
 これまでやよいと目を合わせようとしなかったレンは、視線を上げて、ようやくやよいの目を見据えている。まさに、射るような視線。やよいは首筋に氷を当てられたような冷たさを感じて、踏み出すことができなかったのだ。
 やよいが近付いてこないことを確認して、レンはやや大きく息を吸い込んだ。
「君達はこの迷宮の謎を解き明かそうとしている……この迷宮は解き明かされてはいけないんだよ。迷宮で成り立つエトリアの街のために。そして、彷徨える私たちを救ってくれたあの人のために」
 レンは刀の柄に手をかける。
「知る者は排除されなければならない」
 レンは鯉口を切ったが、ようやく金縛りから解き放たれたやよいは一歩を踏み出した。
「漣、どうして……。そうか、その女か。その女は北方の呪われた民!」
 ツスクルは「呪われた民」のフレーズにびくりと身を震わせた。密かに続けていた呪言の詠唱が途切れたようだ。
「呪われた民は人を操ると聞いた! 貴様が漣をたぶらかして……」
「黙れ! ツスクルは呪われてなんかいない!」
 雷光の速さでレンの刀が閃くと、喉笛から大量の鮮血を吹き出し、やよいは沈黙した。
「レン! 貴方と言えど……」
 アテナの声を遮って、前に飛び出したのはストライダーだ。
「貴様! よくもやよいを!」
 こうして、迷宮最強の冒険者パーティ同士の戦いの火蓋は切って落とされた。
<続く>