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変な管理人さんと霧

 チェックインした時に「食事の用意はできないよ」と言われていましたので、前日の内にコンビニで購入してあった朝食を食堂で取ろうと思い、下へ向かった時は管理人のおじいさん、スポーツ新聞を読んでいたのですけど、チェックアウトの際、シーツは何処へ片付けたら良いのかわからなかったので、尋ねにいったところ、姿は見えずに非常に眠そうな声で返事が。

 二度寝ですか!

 ひょっとして朝食が用意できないっていうのも面倒だからなんじゃ!?

 とまあ、前日の見立てどおり管理人さんは愉快な方だったわけですが、それはともかく。宮島口で宿をとったので宮島はすぐそこです。歩いて3分でフェリー乗り場です。

 凄く霧が出ていて、幻想的な雰囲気でしたね。

 この分だと盆地の三次はそれは霧が凄いのでしょう。いや、三次は朝霧が凄いという話は聞いていたのですけど、この分ならなんとなく実感できるってものです。三次にもユースホステルがあって、そちらに泊まる計画もあったのですけど、三次へ向かう電車は本数があまり多くないので、ダイヤがうまく合わなかったのです。

 さて、宮島口から宮島までは全国唯一のJR航路ということで、青春18きっぷで宮島まで渡ることができました。

 宮島に到着したのが大体8時ごろでした。前日ユースにおいてあったチラシを見るまでは、恥ずかしながら宮島全体≒厳島神社であると、壮大な勘違いをしていたのですが、そんなことは全くないのです。

 宮島はそれなりに大きく、山もあれば川もあり、街もあって人も住んでいたのです。連絡船が宮島口に到着した時にも、通勤中とおぼしきサラリーマン風の方や、ランドセルをしょった子達もたくさんいましたしね。

 それでまあ、最初に見るべきはやはり厳島神社であろう、というか、こちらに来るまでは厳島神社しかないと思っていたので、当然厳島神社へ。

厳島神社

  

 到着した時は引き潮で、鳥居がまだ陸地の上にありました。

→少し時間が経つとこう。なかなか潮の満ち引きが激しいですね。瀬戸内海だからでしょうか。

 ユースにあった新聞によると、満潮が12時過ぎということでしたので、この分だと満ち引き2パターンの厳島神社を見られるのではないかと喜んだものです。

 この鳥居を撮った場所から、反転して神社の方を撮ったのが↓の4枚です。

 まずは、外側からの写真は撮れたので今度は内側から撮るべしと、鹿の間を縫いながら入り口へと。宮島では鹿は神の使いだそうで、昔から殺してはいけなかったとか。ここでは町の中でも平気で鹿が闊歩しています。

 入り口には上に「参拝入口」左に「世界文化遺産」右に「国宝厳島神社」と書いてあります。拝観料……ではなく昇殿初穂料、昇殿初穂料は300円です。寺は欲深なので(ひどい決め付け)、ガシガシ拝観料取りますが神社ではそういう料金は珍しいですね。

 まあでも乾君の広島出身の先輩によると「厳島は台風が来て壊れて修理しているイメージしかない」とのことなので、致し方ないところでしょうか。確かにこの立地条件では、台風がきたらひとたまりもないでしょう。

 分かりづらいかも知れませんが、入り口の右側にあるのが手水をつかうところです。入り口から入ってすぐに右側に御幣(お祓いをする時に神主が持つ先っぽに紙がついた棒)がたくさん備え付けてあって「これでお清めを行ってからお進みください」とありました。まあそれでさっさっとお祓いの真似事をして奥へ。

 内側とそこから見た外は大体こんな感じですね。廊下が長いです。外の緑色の部分は、草ではなく海藻です。

 →入ってからわりとすぐにある「鏡の池」です。満月がここに映ってそれは綺麗なのだそうです。

 しかし、これは建物の周りの地面と同じ高さにあるので、潮が満ちたらこの池は水没してしまうんじゃないんですかね。

 

 拝殿は建物全体の中央奥にあります。最初の入り口から見たらずっと右奥になります。

 そしてこの拝殿の正面から鳥居側に向けて、床が張り出し、港の波止場みたいな雰囲気になっています。

 勿論、真正面へずっと行くと鳥居があります。

 祭神は市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)、田心姫命(たごりひめのみこと)、湍津姫命(たぎつひめのみこと)。いわゆる宗像三神、航海安全の神です。

 このあたりは畿内と九州を結ぶ交通の要衝ですから、九州の玄海灘にある、宗像神社から宗像三神を勧請したのでしょう。

 

 後に、こちらの神社は平氏の拝するところとなり、全盛を誇っていた平清盛が社殿を造営して、今のような造りになったそうです。

 当時は平安時代だったので、その頃の建築様式で有名な、寝殿造の社殿となりました。

 上の写真を撮った位置から反転して、外を撮った写真が→です。鳥居がうっすらと見えますね。

 ↓上で「波止場」と表現した部分です。屋根がありません。

 ↑拝殿から真っ直ぐ表に出ていったところです。

 ちょっと分かりづらいですが、中央の灯篭があるところは、前に床が突き出しています。

 昔、潮が満ちている時に船で参拝する時、鳥居を通ってこの突き出した部分まで船で来たのでしょうか。

 ←の写真の方が分かりやすいですね。

(左下)突き出した部分から拝殿側を撮ったものです。奥にうっすら見える明かりは拝殿の上にある提灯です。

 ↓で、真っ直ぐ進むと、こう。

  それで、順路のこの先には御朱印をいただきました。

 迫力のある筆致です。厳島の字に相応しいワイルドさ。

  一箇所だけ朱に塗られていないこの建物は、能楽堂です。斜めにくっついた廊下から、なんとなくそうと知れますね。

 満ち潮の夜に、薪能とかやったら良い雰囲気でしょうね。

 橋の手前に柵があるのが見えると思いますが、その通り現在はこの太鼓橋は使えません。

 でも、こう遠くから見ると大したことはなさそうですが、すぐ側まで寄ってみると急すぎて、使って良いと言われても、これは無理だ、と思わされます。飾りですね。

 この後、清盛神社を見て(写真は撮ってませんでした。昭和の建立だそうです。規模は摂社といった程度)、神社の宝物殿と宮島の民俗博物館を回りました。宮島は神領ということで耕してはいけなかったそうです。なら、勿論木を切るのもアウトでしょう。ということはずっと漁業だけでやってきたのですかね。

弥山

 この後、ロープウェイで弥山(みせん)に登ることに。

 ロープウェイのチケットを売っていたご老体の言では日本で2番目に長いロープウェイだとのこと。しかしこのご老体お釣りを一旦店の奥に取りに行くなどなんかかなり危なっかしい様子。ロープウェイ乗り場は100メートル向こうだよとのことでしたが歩けど歩けど乗り場は見つからず。弥山ロープウェイが日本で2番目に長いという話もどうなのやら。

 で、ロープウェイに乗ったのですが、確かに長く、しかも到着したと思ったらそこは中間ポイントで、さらにもう一本ロープウェイを乗り継いでいくのだそうです。

 日本で2番目というのはその2本を合わせてなのでしょうか。それはちょっと詐欺っぽい気もしますが、真相は闇の中。いや、霧の中。

 ほら。霧の中。いや、これ私の腕があんまりにもなまくらなんで訳のわからないものが写ってるとか、フタしたままシャッター切ったとかそんなんじゃないですよ?

 霧があまりに酷くて何も見えないのです。

 ロープウェイで外が見えないというのはなかなかスリリング。

 変なところへ連れていかれそうでなかなか愉快なものがあります。ロープウェイから降りたら巫女さんが倒れていた、なんてことがあったら絶対にアウターゾーンに迷い込んでいるだろうから気を付けろ、とお互いに注意し合っていたりなどしました。
 しばらく進むと、霧の上へと出ました。これは四国側の写真です。

 折角だから山頂まで登ろうではないか、と思ったのが運の尽き。普段我々はろくに運動していないのです。

 山頂まですぐだと思ったのですが、これがどうしてなかなか長く、山頂についた頃には私は完全にグロッキー。たかが530メートルだというのに。昨年は標高721メートルといわれる岩村城にも登ったのに。不覚。

 しかし山頂からは流石に絶景。虹も見えました。

 ←中央に虹がうっすら写っています。前日から雨が降ったりやんだりと変な天気で、辟易していたのですがまあ不幸中の幸いですね。

 ↑山頂までの道のりにはこんな巨岩、奇岩がたくさん。ひとたび地震が起きたら麓が壊滅しそうなぐらい大きくて不安定な岩もあったりしてなかなかの奇観でした。磐座信仰というやつですかね、所々に賽銭箱みたいなものもありました。

 で、山頂にある休憩所には人影は見えませんがジュースの自販機は見えたので、じゃあポカリスエットでも買って飲んでリフレッシュして下りますかと思ったら休憩所の扉が開かないんです。

 一体どういう悪質な冗談ですか!

 というか狡猾な罠ですか?

 見ろほら劉備の陣が丸見えだそれ一気にやつの首を挙げろジャーンジャーンジャーンウワー伏兵だーって兵を五千人ぐらい損じた挙句趙雲に討ち取られる魏将か何かですか、私は。おのれ孔明。

 下る途中、弘法大師がつけて以来、ずっと消えずに燃え続けているという護摩の火があるという、不消霊火堂(きえずのれいかどう:→)でラムネが売られていたので、九死に一生を得ましたが、まったく孔明恐るべしです。

厳島神社(満潮)

 無事平地の方まで戻ってきますと、丁度潮が満ちていましたので、もう一度厳島神社へ。

 やっぱり厳島神社は水に浸かってこそです。

 水に浸かるからやっぱり柱の腐蝕が激しくて大変だそうです。


→上でもあった鏡の池は見事に水没していました。

 ←やはりこういう写真があってこその宮島ですね。

 宮島は元々は厳島、「神を斎き祀る島」と呼ばれていました。平安末期ごろ、平清盛が手を入れてからは、こちらの神社があるということで、宮島と呼ばれるようになり、現在でも用いられているようです。
  

 潮の満ちた厳島神社を堪能した我々は、そろそろ本土に復帰すべえとゆるゆると桟橋に向かったのですが、大体厳島神社から桟橋まで10分かかります。で、その時の時間が12時20分ちょっと前。

 で、次の船が12時25分だというのです。この25分の船に乗ろうかどうか、という話になったのですが、桟橋のコインロッカーに預けた荷物を引き出す時間もあります。走れば何とか間に合いそうな気もしますが、ちょーっと距離があって厳しそうな感じです。

 それで、まあその便はあきらめようということで、次の12時45分の船に乗り込んだ我々でしたが、その船内で衝撃の事実が発覚。

 広島から三次へ向かう電車は1時間に1本程度しかなく、12時50分に宮島口を出る電車に乗らないと、次の電車まで広島でほぼ1時間待ち。その上、三次着が16時11分となるとのこと。

 今日の宿泊地出雲に辿り着くには16時42分三次発の電車に乗らなければならないのです。

 つまり、三次に居られる時間は31分。っておい。

 いやまあ今回の旅のメインは出雲大社なんですよ。去年伊勢行きましたしね。天津神のリーダーのところに詣でたらやはり国津神のリーダーのところにも詣でないと不公平じゃないですか。

 って日本の神様にリーダーとかそんな言葉は相応しくない気もしますけど。

 で、出雲行くなら厳島も見れるよね、と思った時に、ああ、広島と言えば三次! と思ったわけで、優先順位では3位どまりなのですが、それでもやっぱりこれは悲しい。

 何とか他のルートはないのかと、私は乾君に言うばかりで何もしなかったのですが、いやだってほら今乾君臨時シベ鉄幹部ですし。というか私の時刻表は彼が持っているのです。ですから私は彼の仕事振りを眺めることしかできなかったのですが、やっぱり打つ手なし。いや、あるにはあったんです。広島から岡山まで新幹線を使う

 それはありえない。

 それに、その手を使ってもたかだか30分プラスされるだけです。全くお話にならないので、素直に元々のルートで行くことにしました。

 となると、広島で1時間暇になるので、折角だからということでお好み焼きを食べました。昨日とは別の店で。昨日の店のほうがおいしかったかな……。とか考えながら食べていたら、大発見。

 広島ではソースはみんなオタフクソースだろうと思っていたのです。 ところがこの店のソースは「カープソース」だそうじゃないですか!こりゃあビックリ。いやそんなビックリするほどのことでもないような気がしますが。

 やはり乾君の先輩が「広島に生まれてカープファンにならないはずがない」と言っていたのは本当だと思いました。

 というかカープソースの写真撮ってなかったのはなぜ。面白いと思ったのに。というわけで今検索したらサイトありました。でも今度はカープソースじゃなくて福王ソースという言葉が気になる始末。

 それでまあ、広島を後にして三次へ。その車中で一体三次で30分、何をすべきかと協議。

 やはりここは朝霧の巫女の単行本の表紙のモデルとなった太歳神社であろう、と。作中に出てくる三次フードセンター「だけ」行っても仕方ないし、30分しかないのに歴史民俗資料館行ってもどうしようもあるまい、という判断でした。歴史民俗資料館には稲生物怪録の資料とか展示してあるとかで、結構楽しみにしていただけに残念。

 そうと決まれば、果たして太歳神社まで行けるのか、いや行けても時間までに帰って来れなければ仕方ない。さもなければ路頭に迷います。いや、三次にもホテルはあるでしょうし、出雲のホテルをキャンセルすればいい話にも思えますが、最終日には人と会う約束があるので予定を変えるとまずいのです。

 持っていた地図によると三次駅から太歳神社まで直線距離で2キロ。当然道のりだとずっと長いわけで。となると30分では到底歩いて往復できませんからタクシーですね。まあ単純計算で道のりが距離の倍の4キロとして、街中を40キロで走れたとして、片道6分。往復12分。でも信号とか渋滞とか全く考慮していないわけで。

 そこで出た結論はタクシーの運ちゃんに「20分で太歳神社まで行って帰って来れるか?」と聞く、というもの。

 「ダメ」と言われたらしょんぼり三次駅付近の写真を取って退散する、「行ける」と言われたら速攻で写真を撮って戻って来よう、というわけです。

 そこでもし「『ダメ』でもなく『行ける』でもなく、『やってみましょう!』ってな熱血系な返事がきたらどうしよう」などと話していたのです。いや、「やってみましょう!」で無理だったら非常に困るわけで。でもそんな熱血系台詞ならこちらも無碍に断れないわけで。

 とか言っていたら、実際に聞いてみたところそんな感じの台詞が帰って来ちゃいました。ギャフン。しかしここは運ちゃんの地理勘とドライビングテクニックを信じてGOなのです。GO。多分大丈夫。ってうわ物凄い飛ばしてるよ運ちゃん。何か信号に引っ掛かったりしたら舌打ちとかしてるし。完全にスイッチONですか。ひょっとして我々は彼の野生に火を付けてしまったのかーッ!?

 我々が驚いていると、さらに驚きのドライビングテクニックが発動。信号が無い交差点で右折しようとした際、対向車がギリギリこちらが右折できないタイミングで接近。そして側には歩行者。当然停車して対向車を待つべきところですが、歩行者が渡ろうとしたそぶりを見せた瞬間に右折開始!

 その動きを見た歩行者は渡れると確信したらしく完全に横断開始。そのまま歩行者を盾に取り見事直進の対向車をストップさせ右折成功!

 こいつはエースだ!

太歳神社

 エースの運転で無事太歳神社に到着。→比較資料

 まず最初に参拝を済ませ、それから写真を撮りました。そして再びタクシーに乗り込み、駅へと。いやはやあわただしい。途中に漫画で見かけたような橋もあったりして、ああ、ここはあれかな? などと思っていますと、「頑張れ永川 三次商店街」と言うような横断幕があちこちにあります(文面はうろ覚え)。

 永川と言うと期待されているカープのルーキーですね。三次の出身なのでしょうか。乾君はカープファンなので、それについて話をしていたら運ちゃん曰く「然り、永川は三次の出身である」とのこと。さらに「二岡、福原も三次だ」とのこと。

 「こちらは野球が盛んなのですか?」と尋ねたら、「いや、いい選手は強い学校へと出て行くよ、広陵とか」とのこと。なるほど、なるほどと頷いていると、「しかし二岡に福原は広島にカープと言う球団がありながら云々……」なんかどうも雲行きが……。

 乾君もそれはビリビリと感じていたようで、降車後「金本の話はしないでよかった」と語っています。やっぱり、乾君の先輩が(以下略)

 それはまあともかく、思ったより余裕を残して三次駅に帰着。一にも二にもエースドライバーの運ちゃんのお陰なので、しっかりと礼を述べました。この場でももう一度お礼を述べたい気分であります。ありがとうございました。

三次駅


 原作では改札出て直ぐのところで乱裁道宗と対決してましたが、アニメ版では駅舎の外でしたね。丁度左の写真のあたりでしょうか。右の写真はホームですね。1巻9ページに出てきたホーム案内の矢印も、左のほうに写っています。

 そこからは延々とローカル線の旅です。

 途中で着いた駅の時刻表を見て2時間に1本というダイヤに驚いてみたり、乗客が我々二人だけになってしまい複雑な気持ちになったりしながら、そういえば島根県は都道府県の中で一番人口密度が低いって小学校の頃習ったような、と思ってみたり。ちなみにこれ大嘘です。人口密度の低さで北海道に勝てるところなんてあるわけないです。昔から地理は苦手でした。

 出雲駅に着いたのは21時半頃でしたでしょうか。予約したホテルは隣の西出雲駅の側なので、電車を待たねばなりません。30分近く間があいてたので、駅前のコンビニで時間を潰しながら冒険王版ガンダムの廉価版単行本を買ってみたり。翌日も朝が早いので、朝食はホテルでは摂れません。なので、ここで買っておくべきかという話になったのですが、まあ西出雲駅前にもコンビニの一つはあるだろう、ということで結局購入したのはガンダムだけで乗車。

 この「明日できることは今日やらない」体質が実にダメです。今まで生きてきてそれで散々苦労したのに全然失敗が活かされていません。で、結果どうなったか。

 西出雲駅の側にはコンビニどころか人家の明かりすらありやがりません。唯一あるのは予約したホテルの明かりのみ。こりゃ一本どころか256本とか1024本ぐらい取られた。取り敢えずチェックインを済ませ爾後について協議。結果、今すぐ電車に乗れば出雲のコンビニで買い物して終電でここへ戻ってこれる、ということが判明して即出撃。何か傘を持ったほうがいいような気がしたんですが、急いでいましたし持たずに出たところ、電車に乗る直前に降水開始。まったくついてない。

 それで出雲駅前のコンビニで買い物をし、次の電車まで40分ほど時間を潰して終電に乗車。青春18きっぷだから乗り降りが自由でまだ良かった。不幸中の幸いでしょうか。

 などと思っていますと電車が駅以外の場所で急停止。何事。

「踏切において緊急警報ボタンが押されました関係で停車いたしました云々」

 全然ついてない! 本当にまったく全然皆目ついてない! 何なんですかこれ。結局そこで15分停止。どうもただのいたずらだったようなので、あやうくかかる過疎地でしかもこのような夜中にいたずらをする人間の精神性について乾君と小一時間議論するところでした。

 それで。

 ホテルに帰着後、乾君は荷物を少なくするために着替えを洗わねばならんと言うことでランドリーへと旅立ちました。私はさっさと寝ても良かったのですがそれだと全然友達甲斐の無い奴ということになってしまうので、テレビをつけると「プロ野球ってNANDA?」をやっているではありませんか。ではこれを見よう、と見ていると一流選手であるところの小笠原選手を押しのけて、何流選手がちょっと私の口からは言いかねるような岩本投手が物凄い勢いで喋り、うまく扱えば原発の代わりになるんじゃと思わせるぐらい凄まじい回転力で空転する姿が。

 ああ、もう、ついてない。

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