何よりのプレゼント

 クリスマス番組の収録を終えて、楽屋に戻る途中、プロデューサーがボクを迎えてくれた。
「真、今日もなかなか良かったぞ」
 そう言って差し出された手にボクはちょっと強めにハイタッチした。
「そりゃあ、こんな衣装を用意してもらえたんですから、ボクも張り切っちゃいますよ!」
 今日のボクの衣装はクリスマスのための特別製。雪とヒイラギの飾りをあしらった赤いベレー帽に、袖やえりを白のボアでふちどりした上着、赤いチェックのシャツに、白いスカート。黒のタイツがちょっとオトナの魅力を出しちゃったりして……。
「そうかそうか、気に入ってもらえてよかった。何せ年に一度だからな。俺も色々根回しした甲斐があったってもんだ」
 そう言って、プロデューサーは頭をなでてくれた。うれしいけど、ボクのオトナの魅力は伝わってないみたい。ちょっと残念かな。でも、この格好、普段はパンツスタイルのことが多いから、すごく新鮮。それに、それに、この服はすごく可愛い。こんな可愛い格好をしたのなんて初めてじゃないかな。それもこれも父さんが……。
「そういや、真はいつ頃までサンタクロースを信じてたんだ?」
 プロデューサーが楽屋に向けて歩き出したから、ボクはそのあとをついていく。
「小学校に入る前から、サンタが父さんだってわかってましたよ」
 意外そうな顔をして、プロデューサーが振り返った。
「そりゃまた随分早いなあ。野生の勘ってやつか」
「何ですか野生って」
「おっと、これは失言。でも、勘じゃないとすると?」
 勘なんか、働かせる必要さえなかったんだ。だって。
「簡単にわかりますよ。ボクがぬいぐるみや、人形なんかが欲しい、ってサンタにお願いしても、届くのはサッカーボールとか、バットとグローブとか、そんなのばっかりでしたからね」
 プロデューサーは苦笑した。
「そりゃ、親父さんは隠す気がないようなもんだな」
「それが自分では隠せてると思ってたみたいですよ」
 ボクも苦笑い。父さんは細かいことには全然気が回らないし。
「それで、男の子に上げた方がいいようなプレゼントはいつ頃までもらってたんだ?」
「毎年ずっともらってますよ。空手の胴着とか、エキスパンダーとか。去年はビリーズブートキャンプでしたね」
 言っちゃってから、自分の声がトゲトゲしくなっちゃってることに気が付いた。
「へえ、いいじゃないか」
「どこがいいんですか! エキスパンダーなんて娘にあげるプレゼントじゃないですよ。父さんはボクが可愛くないんだ」
「でもさ、うちの親父なんて俺がサンタの正体を見破ったが最後『そうだ、良く分かったな。サンタなんて居ないんだぞ』とか言い出して、プレゼントなんてくれなくなったぞ」
「そりゃまた……」
 プロデューサーは大げさにしょげて見せてるみたいだけど、案外本当にショックだったのかも知れない。そこからまた大げさに復活して、プロデューサーは力んで言った。
「真の親父さんが真を可愛くないと思ってるわけないと思うがなあ。どの父親が可愛くない子供にわざわざプレゼントを用意するっていうんだ?」
「それは……」
 そう言われてしまうと、返す言葉もない。
「ま、娘にあげるプレゼントのチョイスとしては、確かに親父さんのピントはずれているのかも知れない。だけど真を可愛く思っていることに間違いはないと思うぞ。なんなら真の方から何が欲しいのか、おねだりでもしてみればいい」
「おねだり、ですか……」
「そうだ。したことないのか?」
 そういえば、「サンタには」したことあっても、「父さんには」そんなのしたことない。ボクはうなずいた。
「それなら、親父さんは単に真が何を欲しがっているのか分からなかっただけかも知れないな。親子だって結構言わなきゃ何も伝わんないもんだ」
 たしかに、そうなのかも知れない。ボクも父さんが何を考えてるかなんてあんまりわからないし。
「俺たちは親子じゃないんだから、なおさらだ。何か問題や不満、して欲しいことがあったら遠慮しないではっきり言ってくれよな」
「じゃ、はっきり言います」
「お、早速だな」
「このまま、ちょっと街を歩きませんか?」
 クリスマスの本番はもう少し先だけど、イルミネーションはもう全開。本番より人の数が少ない分、雰囲気はもっと出てるかもしれない。
「その格好のままでか?」
「この格好だからこそですよ」
 プロデューサーは、難しい顔をして二、三秒悩んでいたけど、
「ダメだ」
 かえってきた返事は、やっぱり残念な感じだった。
「スタジオじゃライトが当たってたから暑いくらいだったかも知らんが、外へ出たら結構寒いぞ、それ」
「でも」
「あとな、その格好は可愛過ぎる。論外だ。見るからにアイドルオーラに満ちあふれ過ぎてて街に出たら一発で菊地真とばれる騒ぎになる収拾がつかなくなる騒ぎになる社長に叱られる俺の給料がさらに少なくなる」
 プロデューサーはどこまで本気なのか冗談なのかわからないことを、わざと冗談めかすようにものすごい早口で言った。
「真はそれが嬉しいのか?」
 ここは冗談じゃなかったみたいで、プロデューサーの顔は本気だった。ボクもプロデューサーのお給料を減らしたいだなんて思わない。ぶんぶんと首を横に振るボクに、プロデューサーは満足したらしく、ニッと笑った。そしてボクの肩をつかんで、楽屋の扉へ回れ右させた。
「さ、風邪を引かない内に着替えて来い。家まで送ってやるから」

 助手席でプロデューサーとくだらない話をしている間に、家に着いた。プロデューサーと話をしていると時間が経つのが速い。
「ご両親によろしく。クリスマスが近いからってはしゃいで夜更かしするなよー。睡眠不足はお肌の、そしてアイドルの大敵だ」
「はいっ」
「おやすみ」
「おやすみなさい、プロデューサー」
 プロデューサーの車を見送って、ボクは玄関のドアを開いた。
「ただいまー」
 ボクを迎えたのは、父さんの声だった。
「おう、お帰り、真」
 声を聞く限りでは、今日の父さんは結構上機嫌みたいだ。これなら、さっきプロデューサーが言ってたように、おねだりをするチャンスかもしれない。何がいいかなあ……。
「そうだ、真」
「なに? 父さん」
「クリスマスプレゼントなんだが……」
 すごい。あの人の心がわからない父さんが、ボクに何のプレゼントをしたらいいのか聞くんだ。この年になっても人って成長するもんなんだなあ……。
「今年はウォーターダンベルを買っておいたからな。イブを楽しみにしておけ」
 父さんに期待したのが間違ってた。そしてどうしてボクが父さんにおねだりをしたことがないかがよくわかった。父さんはいつだってこう強引で、人の意見を聞こうとしないんだ。ボクが何かを言う前に全部決めちゃってるんだ。
「これがすぐれものでな。何回持ち上げたかカウントしてくれるんだ。音楽も流れるらしい」
 得意げに父さんはしゃべり続けてる。だいたい、当日を楽しみにさせたいなら何をプレゼントするのか予告するのがおかしい。いつだって父さんはずれてるんだ!
「楽しみになんかできるわけないよ! 父さんにとってプレゼントってのは、人に押し付けるものなの!?」
「おい真! 真!」
 口げんかさえ、もう父さんとはしたくない。ボクは回れ右すると、そのまま自分の部屋に戻った。もちろん、後ろから飛んでくる父さんの声になんか耳を貸さない。スタジオで軽く食べてきたから、そんなにおなかもすいてない。今日はこのまま寝ちゃおう。もう父さんと一秒だって顔を会わせていたくない。

 結果からすると、寝る前のボクの判断は間違いだった。おなかがすいて、夜中に目がさめてしまったから。布団を頭までかぶって、寝なおそうと努力はしてみたけど、何か入れろー、ってボクのおなかが自己主張する。夜中につまみ食いなんてちっともアイドルらしくないけど、しかたない。父さんと顔をあわせなくてすむ代償が、母さんのお小言と太る恐怖のセットじゃちょっと割に合わないけど。ミルクを飲めばボクのおなかは満足するかな?
 足音がしないようにこっそりと一階まで降りてみると、真っ暗なのにかすかに音楽が聞こえてきた。テレビが付けっぱなしになってるみたいだ。付けっぱなしで寝ちゃったのは父さんだろう。いつもだらしないから。消さなくちゃと思って、リビングのドアを開けた瞬間、ボクは後悔した。
 確かにテレビを付けっぱなしにしていたのは父さんだ。そこまでは合ってる。でも、父さんは寝てなくて、テレビを見ていた。電気も付けないで。父さんはボクの気配に気付いて、ゆっくりと振り向いた。
「真か」
「……なに」
 寝る前の態度がああだったから、ボクは叱られると思って身構えた。
「これ、お前なんだよな」
 父さんはあごでテレビをさした。テレビに映ってるのはボクだった。二週間前の、ツアーのしめくくりのライブの時のボクだ。
「……そうだよ」
 見てわからない? と言いそうになったけど、わざわざ父さんの怒りをあおらなくてもいいと思って、シンプルに答えた。
「すごいんだな、お前」
 予想してない答えが返ってきた。ボクは父さんが何を言っているのか、一瞬理解できなかったから、何も返事ができなかった。父さんはテレビに向いたままで、こっちを見ようともしない。
「これ、お客さん、何人いるんだ?」
「五千人……」
五千人のホールに満員だったから、ほぼ間違いないと思う。
「全部で七回やったんだっけか?」
 ツアーの予定は一回しか話してなかったけど、覚えていたみたい。意外だった。父さんはボクのアイドルとしての活動を「チャラチャラして」とか何とか言って、興味を持とうともしてなかったようだったから。
「……全部で、三万五千人か」
 最後のホールが一番多かったから、そういう計算にはならない。全部で二万人ちょっとくらいだと思う。
「こんなチャラチャラした格好をして……」
 今映ってるのはライブラスト手前のシーン。画面の中のボクはプリンセスプリンセスのカヴァー『DING DONG』を歌っていた。ライブフォーヴィーナスって名前の衣装を着て。あれはボクのお気に入りだから少しボクはムッとした。だけどボクが文句を言おうと口を開く前に、父さんが続けた。
「と、思っていたが、お前は服装で客を集めていたわけじゃないんだな」
 父さんは、こっちを向こうとしない。
「このお客さんはお前の歌を聞きにこんなに集まったんだな。いつの間にこんなに歌が上手くなったんだ? 父さんは知らなかったな」
「父さんは、ボクの仕事なんか全然知ろうとしなかったじゃないか……それで、わかるわけない……」
「そうだな、確かにそうだ。父さんは勘違いしてた。ろくに歌も歌えないのに、妙な格好をして客寄せをする。最近はそんな上っ面だけのアイドルが多いからな。真もそんなのにあこがれて、真似をするのかと思ったら、な」
 それは、父さんの勘違いだ。でも、ボクもこれまでその勘違いを直そうとしてきただろうか。父さんが「チャラチャラして」とか言うから、それに反発してきただけで、説明とか、説得とかをしようとしたことはあっただろうか。
「ボクは、そんなんじゃないよ……」
「ああ、そうだな。これを見ればわかる。だが知らなかった。ダメだと言うんなら、ちゃんと知ってからダメだと言うべきだったな、俺は」
 そう言うと、父さんはしばらくごそごそしてから、ボクの方に向き直った。
「済まなかった」
 父さんがボクに頭を下げている。こんなことって初めてだからボクはどうしていいかわからなくて、へたりこむように父さんの前に座って、オロオロするだけだった。ちょっとの間があって、顔を上げた父さんと目が合った。ボクは思わず目をそむけてしまったけど、言うことは言わなきゃと思って、何とか声をしぼり出した。
「ボクも、父さんに甘えてた。自分はどうして欲しいのか口にも出しもしないくせに、自分の思い通りに扱ってもらえないからってむくれて、文句を言って……。言わなきゃ、父さんだってわかるわけないよね。文句を言うのは筋違いだった。ごめんなさい」
 ふっと、父さんは息を漏らした。
「早合点の親父と、だんまりの娘か。似た者親子だな」
 そう言って、父さんは笑った。ボクもつられて笑っていた。
「そうだ、じゃあまず手始めに、我が娘はクリスマスプレゼントに何が欲しいのか聞こうか」
「えっ、でももうウォーターダンベル買ってあるんでしょ?」
「そんなことはどうでもいい。真、お前が何が欲しいかだ」
「ボクは……そのウォーターダンベルでいい。ううん、ウォーターダンベルがいいんだ」
「気を遣うな。欲しい物を言いなさい」
「あのね、父さん。ボクは父さんがボクのことをちゃんを分かってくれようとしていることが何よりもうれしいんだ。だから、そんな父さんがボクに選んでくれたんだから、それが欲しいんだよ」
「そうか、そうなのか。こいつめ。嬉しいことを言ってくれるじゃないか!」
 そう言うと父さんはボクの頭をロックして、ゲンコツでぐりぐりした。「やめて、やめて」って言いながら逃げようとジタバタしていると、親子のスキンシップの間に雷が落ちた。
「こんな夜中に何を騒いでいるの! 早く寝なさい!」
 母さんの剣幕に、ボクも父さんも部屋へ逃げ帰る以外の選択肢を持っていなかった。そして、ボクは布団に潜りこんでからおなかが悲鳴を上げていたことを思い出した。結局、そのあとたっぷり一時間は寝られなくて、ボクは母さんにおびえながら台所へ忍び込むことになった。

 集合場所に、時間五分前。プロデューサーはもう着いていて、ボクに大きく手を振った。ボクも小走りになって、手を振り返す。
「お、いいことあったみたいだな真。おねだり成功したか?」
 言わなきゃわからないこともあるけど、言わなくても、わかることもあるみたい。
「ええ。もうバッチリですよ。ボクがお願いした通りの物を、父さんはくれるって」
「そりゃあ良かったな。で、何を貰うんだ?」
「ウォーターダンベルです」
「はあ?」
 プロデューサーは、心底不思議そうな顔をしていた。ちょっと間抜けな感じで、面白い。
「持ち上げた回数をカウントしてくれて、運動の間音楽もならせるすぐれものです!」
「いや真お前、女の子らしい物が欲しかったんじゃないのか?」
「いいんです。今一番欲しい物がウォーターダンベルだったんですから、それでいいんです」
「そうなのか……」
 プロデューサーは腕を組んで、首をかしげている。
「あ、プロデューサーは父さんの真似しないでくださいよ? 普段ボクを王子様、っていう風にファンに見せてるんだから、せめてプロデューサーはボクを精一杯女の子扱いしてくれなきゃやです」
「え? 俺も何かプレゼントしなきゃダメなの?」
 自分を指さして、プロデューサーは大げさに驚いて見せた。悪質な冗談だ。悪質な冗談にはボクも反撃しないと。
「ひどい! プロデューサーはボクのことなんてどうでもいいんだ……」
 大げさに肩を落として、この世の終わりみたいな顔をしてみせる。これも、普段の表現力レッスンのたまもの。
「いやいや、ちゃんとプレゼントは用意してあるから安心してくれ。むしろさっきの話を聞いて、もっとたくましげなプレゼントを用意しなきゃダメだったかってドキドキしてたところだ。だから、俺を驚かせた仕返しだ」
「もう!」
 と、怒って見せる。そして、二人で笑った。
「この収録が終わったら渡すからお楽しみに、だな。さ、今年最後の仕事だ。張り切って締めくくってくれ!」
「はい!」
 プロデューサーに背中をポンと叩かれて、ボクは仕事モードに切り替わる。一年の総決算。終わりよければすべてよし。今日もがんばるぞ!


菊地家のクリスマスについてちょっと考えてみたのですが、あの親父さんだったら速攻でサンタが誰なのかばれちゃうんだろうなあ、と思って、それをキーにして書き始めました。

真が乗り越えるべき課題はとりあえず大きなもので二つあると以前より思っておりまして、一つが「女の子らしくないことへの劣等感の解消」、もう一つが「父親との和解」でした。前者は以前書いたお話で扱いましたので、今度は後者かなと。真一さんが簡単に折れ過ぎな気は自分でもするんですけどね……。

この話はキーがキーだけにクリスマス合わせで書こう書こうと思っていたのですが、そのちょっと前に負傷しまして。体が痛いとやる気が出ないもんですね。精神は肉体の付属物とは良く言ったものだと思ったもんですが、それでずるずる二十三日の夜になってしまって。今書けないとお蔵入りだぞ! と思って、もう無理にでも完成させようと思って三時間の制限時間を切って書いたのがこれです。さすがにちょっと矛盾点とか、手直ししたいところを直したのがこのページです。でも、案外三時間とかで書けるもんですね。何でもやってみるものです。

2009.1.14 れらしう

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