貴方だけのエージェント

『♪貴方に ゆだねる 秘密のうちわけ』
「いやー、真ちゃんは素晴らしい」
 舞台袖で真のステージを見ていると、後ろから不意に声をかけられた。
 振り向くと、まさに今出演している番組「LOVE LOVE LIVE!」のディレクター、加賀氏だった。俺は、組んでいた腕を解いて、頭を下げる。
「ありがとうございます。お世辞でも、自分で手塩にかけて育ててきましたから、嬉しいです」
 加賀さんは、オーバーアクション気味に両手を動かして否定のポーズをとった。
「お世辞なんてとんでもない……真ちゃんは本物ですよ」
 まあ、お世辞と言ったのも社交辞令だ。真が素晴らしくて本物なのは、この俺がいつも一番近くにいて、よく知っている。
「しかし、素晴らしいですが、健康的過ぎますな」
 そのまま流すには、引っかかる言葉だった。
「それは、一体?」
 思わず聞き返すと、加賀さんは突っ込まれるとは思っていなかったのか、少し驚いたような顔をする。
「いや、今歌っている『エージェント夜を往く』は結構刺激的な歌詞じゃないですか」
『♪そうよ 乱れる悦びを』
 それは、その通りだ。往年のアイドルソングに比べたら大したことはないと思うが、言う通り『エージェント』はきわどい歌だ。
「でも、真ちゃんからは全然そういったものを感じないと言うか……」
『もっと 高めて果てなくココロの奥まで あなただけが使えるテクニックで 溶かし尽くして』
 これもまた言う通りだ。真の歌い方からはいかがわしさはまったくと言っていいほど感じられない。
 中性的な真の顔立ちが生み出す妖しさのようなものはあるが、それはまた別の話だ。
「ああいや、真ちゃんは健康的なのが売りですからね、どうでもいいことだとは思いますが」
 さすがに、見る目は確かだ。真をプロデュースするにあたって俺が売りにしようと考えたのはまさにそこ。
 真は女の子らしくなるためにアイドルになった、と言っているが、俺はその願いを叶えてやるのは難しいと思っていた。
 それは真の言動や容姿からして向いていないから、というわけではない。
 真が言う、女の子らしい女の子、というのは少女マンガに出てくる完全無欠のヒロインを煮詰めて砂糖をまぶしたようなもので、そんな人間は存在しない。勿論、アイドルはある意味で偶像だから、存在しない人間のようにプロデュースすることはできる。
 だが、そんなものは労ばかりで益なしだ。だからと言って、社長が言うように容姿が中性的なのを売りにして、そのままプロデュースするのも芸がない。
 そこで俺が至った結論が「健康的に」だ。これならば性別や年齢を問わず、広い層にアピールすることができるだろうと睨んだ。
 同時に、これは真の希望と社長のビジョンの折衷案でもある。結果、真は多くのファンを得た。目論見は成功したといえるだろう。
 だから、そのイメージを壊しかねない危うい雰囲気を持つ『エージェント』を持ち歌にすることには、軽く反対した。
 けれど、真にとってこの歌は「ひとめぼれ」だそうで、絶対モノにしてみせるといってきかなかった。
 強く反対するほどの根拠があるわけでもなし、真のモチベーションの方がずっと大事と思えたので、それ以上俺は反対しなかった。
 結果、今『エージェント夜を往く』は紛れもなく大ヒットしている。だから、このままで問題はないはずだ。真に妖しさがないからといって、気にするべきことではない。
「まあ、真は色気で売っているわけではありませんので……」
『♪今宵だけの夢 踊るわ激しく 望みの限りに』
 俺の言葉よりも、真の姿の方が説得力を持っていたようだ。
「そうですな、いや失礼しました」
『♪燃やすわ 激しく』
 加賀さんは何度も頭を下げてステージの方へ向かっていった。名門番組のディレクターにしては、随分腰の低い人だ。入れ替わりに真がステージを降りてくる。俺はサムズアップすると、ハイタッチで真を迎えた。

「真、今日も絶好調だったな! ファンもいっぱい付くこと間違いなしだ!」
 合格した時は、俺はいつも帰りの車の中で真を褒めることにしている。真は、ぐっとガッツポーズをして見せた。
「はい! 『エージェント』はかっこよくてボクも大好きな歌ですから、調子も出ますよ!」
 その言葉で、さっき加賀さんに言われたことを思い出した。真は故意に歌詞の意味を表に出していないのか、それともそもそも気付いていないのか、気になった。どうでもいいことではあるのだが。まあ、この口ぶりは、気付いてない線か。
「なあ、真?」
「何ですか?」
 俺は赤信号で車を停めて、真にたずねた。
「『エージェント夜を往く』の歌詞の意味って、わかってるか?」
 真は、ぷうっと頬を膨らませた。不機嫌そうに見せてはいるが、本当に怒ってはいないサインだ。
「失礼ですねー。ボクだってもういっぱしのアイドルなんですから、持ち歌の意味ぐらいちゃんとわかってますよ」
 どうも、真のプライドを刺激してしまったようだ。やはり余計な発言だったか。だが、今更引っ込めても何にもならない。どうせなので、俺はこのまま好奇心を満たすことにした。
「そうか? なら……『眠れない夜 この身をさいなむ煩悩』、これは?」
 真が自信ありげに、にやっと笑った。
「経験あるから、良く分かりますよー」
「え?」
 思わず声が上ずった。自分でも面白いくらいに、動揺していることがわかる。全然、予想してなかった反応だ。今、赤信号で良かった。
「次の日大事なイベントがあるのに余計なことばっかり考えて寝られない。困ったー! ってことですよね。次の焦燥感ってのはそこからくる焦りです。早く寝なくちゃー、って」
 真は胸を張って、得意げに言う。遠足の前日の小学生か。
 ある意味予想通りの答えだ。がっくりきたが、反面ほっとした。真は俺の期待に応えるように、実に健康的だ。
「いやな、真――」
 訂正しようとしたが、ここは、やめておいた方が得策か。
 真は色気で売っているわけではないから、歌詞の真意を知ってプラスになるかどうかは微妙だ。
 今のままでも充分受け入れられていることを考えると、余計なインプットはリスクだけあってメリットがないように思えた。特に、頭の中が少女マンガの真には。
「――売れっ子アイドルに失礼なこと聞いちゃったな。申し訳ない」
「へっへー。分かってくれればいいんですっ」
 真は満足げにうなずいた。完全に機嫌は直ったようだ。
「よし、成功を祝って夕メシは俺のおごりだ。事務所で残りの仕事を片付けたら好きな物食わせてやるからな。何がいい?」
「やーりぃ! そうですねー、お寿司食べたいです、お寿司!」
「よし分かった!」
 765プロはもうすぐだ。青信号を確認して、俺はアクセルを軽く踏み込んだ。

 プロデューサーは「三十分もあれば片付く」といって机にかじりついた。隣に張り付いていても良かったけど、それだと仕事が終わるのが遅くなるだけだから、軽くレッスンをしながら待っていることにした。
 レッスンルームには誰もいなかった。結構遅いから、もうみんな帰っちゃったんだろう。
『♪眠れない夜この身をさいなむ煩悩』
 歌い始めたら、さっき車の中でプロデューサーに聞かれたことが気になりだした。
 何で、急にプロデューサーはあんなことを聞いたんだろう? ボクの歌い方がおかしかったのかな。
 そういえば、プロデューサーはボクの答えを聞いて、合ってるとも間違ってるとも言わなかったし、一瞬変な顔をしていたような気もしてきた。
 気になる。
「あら、いたのね」
 不意に声がした。
「こんな遅くまで灯かりがついてるなんて、誰かの消し忘れと思ったわ」
 律子だ。帰る前に電気の消し忘れのチェックでもしてたのかな。
「ごめん、プロデューサーの仕事終わるの待ってるついでで」
「いいえ。こっちこそ邪魔してごめんなさい。出る時にちゃんと電気は消してね」
 そうだ、律子ならわかるかもしれない。
「ねえ、律子?」
「何?」
「今日プロデューサーにさ、『エージェント』の歌詞の意味をわかってるのか、って聞かれたんだよね」
「へえ。勿論わかってるのよね?」
 律子はくいっとメガネの位置を直した。プレッシャー、かけられている気になるなあ。
「えーと、ええっと、そのつもりだけど……実は、自信なくなってきちゃってさ、ハハ……」
「頼りないわねえ」
「プロデューサーがね、ボクの答えを聞いてちょっとだけ変な顔をしたんだ。合ってる、とは言ってくれたと思うんだけど……」
「真は何て答えたのよ?」
「出だしのところだけだけど、『次の日大事なイベントがあるのに余計なことばっかり考えて寝られない。困ったー!』って」
 答え終わる前から律子が頭を抱えている。
「真……あなたがバカだとは思わないけど、いくらなんでもそれは小学生の回答よ?」
 ああ、やっぱり。
「ハハハ……そんな見当外れなんだ」
「ま、そういうところが真のいいところだと思うけどねえ」
 律子は腕を組んで、うんうんと、勝手に納得している。そんなところで納得されても困る。
「でさ、本当はどういう意味なの?」
 ボクが聞くと、律子は露骨にいやな顔をした。
「待って、私にそんなこと言わせる気なの?」
 何がそんなに嫌なんだろう。でも、違うって言わなかったプロデューサーは、たぶん教えてくれないから、ここは律子に聞くしかない。
「だって……プロデューサーは教えてくれなかったし……」
「ああもう、わかった、わかったわよ。そこに座りなさい?」
 律子がサイドのテーブルを指さす。ボクはふざけて「お願いします、センセイ」と言って椅子に座った。
「まず『煩悩』だけど……」
 律子は、少し身を乗り出すと、ちょっと小さめの声で話し始めた。レッスンルームは防音だから、そんなことしなくても外には聞こえないと思うんだけど。
「雑念のことだよね?」
 間違ってたのかな。律子はボクの答えに難しい顔をした。
「それは、そうなんだけど……優等生過ぎる答えと言うか、この歌の場合はちょっと違うわね。妄想よ」
「妄想?」
 とっさに意味が頭に入ってこなくてちょっと混乱するボクに、律子は小声だけどびしっと言ってのけた。
「いやらしいこと」
「え、え?!」
 ボクは驚いているだけなんだけど、理解できてないと思ったのか、律子はちょっと怒ったように、ちょっと早口で言い直した。
「いやらしいことばっかり頭に浮かんで寝られないって意味」
 わかりやすい。わかりやすいけど。それは、全然、ボクが思っていたことと違って。意味はわかるんだけど、頭に入らないというか。でも、言われてみれば律子の方がずっと正しいように聞こえる。いやらしいことばかり考える夜……。そう考えたら、頭の中でパズルのピースがぱちりと嵌まった。
「そ、そうなんだ……じゃあ、ひょっとして」
 律子は、うんうんとうなずいている。
「さすがに気付いたみたいね。この歌はずっとこんな調子よ」

「こ、こんな意味だったんだ……」
 律子が説明してくれた『エージェント』の歌詞の意味は、それはもう、すごかった。
 前奏の水の音は雨じゃなくてシャワー。キンコンという鐘の音はドアチャイム。シャワーを浴びている時に「エージェント」は訪ねてきて……。考えるだけで、頭がオーバーヒートしちゃいそう。
 そしてボクはそんなすごい歌を、いやらしい歌を歌ってきた、ってことになる。全国ネットで。生中継で。
 顔が熱い。ボクのファンはボクがいやらしい子だと思ってるんだろうか。プロデューサーも……?
 そういえば、プロデューサーはボクが『エージェント』を歌うことに最初は反対してたっけ……。プロデューサーの目から見て、ボクはそういうイメージじゃなかったってこと? それは喜んでいいことだよね……?
「すまんなー真。思ったより手間取っちゃってさー」
「わああ!」
 不意にプロデューサーが入ってきたから、ボクはびっくりして大声を上げてしまった。律子は律子で椅子から落ちそうになってる。
「なんだなんだ。二人とも顔真っ赤にして。喧嘩でもしてたのか?」
 あんまりドキドキしてたから気付かなかったけど、言われて気付いた。律子も顔が真っ赤だった。説明を聞きながら律子は大人だなーと思ってたけど、そうでもないのかも。
「あ、わ、私はまだ残務がありますので!」
 律子は顔を伏せて大声を出すと、プロデューサーを押しのけて外へ出て行ってしまった。
「おかしな律子だな。何かあったのか?」
「ななな、何でもありませんよ?!」
 噛むし、声が上ずってるし。とても、何もなかったようには聞こえない。プロデューサーは無言でボクの顔をじーっと見てる。結構、威圧感、ある、な。
「……まあ喧嘩じゃなさそうだな。なら俺が言うことは何もない。さ、行くぞ真」
「行くぞ……って?」
 プロデューサーはわざとだろう、目いっぱい渋い顔をした。
「何だ寝ぼけてるのか? 待たせてすまなかったな、寿司だよ寿司」
 それだけ言うと、もうプロデューサーは回れ右をしている。
「あっ、そうでした! 行きましょう行きましょう!」
 ボクは椅子に掛けていた上着を引っつかんで、プロデューサーの後を追いかけた。

 お寿司を食べてる間は幸せだったから何も考えなかったけど、家に帰ってお風呂に入って、ベッドに入って……とやっているうちに、ボクの頭は「エージェント問題」でいっぱいになっていった。
 いやらしい歌をうたうボクは、いやらしいアイドルって思われてるんだろうか。ファンのみんなは、ひょっとしたらいやらしい目でボクを見てるんだろうか。最近、男子のファンが増えてきたって喜んでいたけど、それって……実はそういうことなんだろうか。そんな形でファンになるんだったら……!
 ボクは、普段寝付きのいい方で、三分もあれば寝ちゃうんだけど、頭の中をぐるぐるといろんな考えが勝手に回りまわって、全然眠れない。
「これも、『眠れない夜この身を苛む煩悩』だよね〜」
 ベッドの脇にあったイルカのぬいぐるみを引き寄せて、ぎゅっと抱きしめた。こいつはくりくりとした黒い目がかわいい。ボクの一番のお気に入りだ。
「お前は悩みがなさそうでいいよねー」
 もちろん、返事は返ってこない。かわいい目がこっちに向いているだけ。ボクは、わざと大きく寝返りを打った。今日は、長い夜になりそうだ。

「真! 真面目にやってるのか!」
 レッスン中に、プロデューサーが珍しく大声を出した。
「全然声に力がないぞ! いつものお前の半分も声が出てない!」
「すみません、ごめんなさい」
 寝不足で、フラフラで。そんなボクがしぼり出した声は、自分でもちょっとびっくりするぐらいか細くて。プロデューサーの顔色がさっと変わった。
「……調子が悪いのか? だったら……」
 はっきり言って、良くないけど、こんなことで心配をかけたくない。
「いや、大丈夫です」
 プロデューサーはボクの顔をじっと見て、何も言わない。
「大丈夫ですって」
「本当だな?」
 今度は、返事が返ってきた。
「はい!」
 ボクは、できるだけ大きな声を出した。プロデューサーは、腕を組みなおしてうなずいている。
「なら続ける。ダメならダメって言うんだぞ」
「はい」
 ボクは、めいっぱい気合を入れていたつもりだけど、プロデューサーの顔はくもったままだった。それでも、プロデューサーはもう一度「大丈夫か」と聞いてくることはなかった。
 そんな日が何日も続いて、ついにオーディションの日がきてしまった。

「最近、元気なかったけど今日は大丈夫そうだな?」
「はい!」
 さすがに、もう寝不足と言うほど寝不足になることはないけど、審査員の人も、ボクのことをいやらしい子だと思って見ることになるのかな、とか思うと、どうしても気持ちが上向きにならない。
 でも、オーディション前に元気がなかったら、プロデューサーが心配する。プロデューサーに心配はかけたくないのと、今元気がない理由を突っ込まれるのがいやなのとの半分半分で、ボクはちょっと無理して、元気なフリをしてる。
「実はちょっと心配してたんだけどな。いや良かった! 今日も期待してるからな!」
「はい!」

『眠れない夜この身を苛む煩悩』
 カラ元気でもなんとかなるかな、と思ったけど、やっぱりダメだ。声は出てると思うけど、何かがいつもと全然違っちゃってるのは自分でもわかる。
 とにかく、審査員の人の目が気になる。そりゃ、ボクを審査してるんだからボクを見てるのは当然なんだけど、感じる視線が普段よりねちっこいというか、何と言うか……。いや、ボクがこれまで気付かなかっただけで、これまでもずっとこんな感じだったのかも知れない。
『どんな時も万全に応えられる』
 この部分の動きが、前々からちょっと大胆かなとは思っていたんだけど。
「3番! ダンスやる気あるの?!」
 審査員の人から大声が飛んだ。3番、ボクのことだ。やっぱり、どこか動きがおかしかったらしい。あわてて、何とかしようと思った時、プロデューサーが視界に入った。不機嫌な顔をして、普段では見ないような大きなジェスチャーで指示を出してる……ボク、今までプロデューサーの指示、見てなかった……。

「1番と2番、オメデトウ! あ、呼ばれなかった人たちは帰っていいよ。お疲れさんでした〜」

「普段だったら、こんなこともあるさ、運がなかっただけだ、って言うだけなんだがな」
 オーディションの後、ボクがずっと無口だったから、プロデューサーもずっと無口でいてくれてたけど、さすがに車の中では黙っていなかった。横目で様子をうかがうと、前を向いたままで、むすっとした顔をしていた。
「どうも、何か運以外の理由がありそうだな。俺には話してくれないのか?」
 思い切り不機嫌な声で言われても、何を言ったらいいのかわからない。
「そうか、俺はそんなに頼りないプロデューサーだったか。担当アイドルに信頼してもらえない、アイドルのコンディションを安定させられないプロデューサーは存在価値ないし、社長にクビにされるな。廃業か……」
 冗談で言ってるんだろう、とは思うけど、ちらっと見たプロデューサーの顔がずっと真剣なままだから、だんだん不安になってきた。
「そんなこと言わないでください!」
「なら、話してくれるな?」
 真剣な顔のまま、プロデューサーはこっちを向いた。車が止まってる。赤信号だった。ボクは、そのままでは答えづらくって、顔をそらした。
「はい……実は、律子に『エージェント』の歌詞の意味を聞いたんです……」
「ああ……それでか……」
 ボクの答えを聞いて、プロデューサーは眉間に親指と人差し指を当てたようだった。
「はい。何て言うか……きわどい……歌詞だったんだなあって……」
 ボクの横顔に視線が突き刺さる。プロデューサーはハンドルに両腕とあごを乗せてこっちを見ていた。
「それが気になってしょうがなかったのか。それで?」
「それで? って?」
 何を言いたいのか、分からない。
「『エージェント』の歌詞は本当にそういう意味なのか? ってことだよ」
「え、だって……」
 聞いた瞬間は意外だったけど、律子の言ってることは納得できた。多分、あれで間違いない、と思うけど。
「それは律子がそう考えた、ってだけだろ? どうして律子の考えが真の考えより正しいんだ?」
「でも、審査員の人たちのボクを見る目が、全然違いました。今日ははっきりとわかったんです」
 ボクの言葉におっかぶせるようにして、プロデューサーは喋り始めた。
「俺からはそうは見えなかったな。『エージェント』を真が歌う前と変わってないと思うがな。今日から急にそう思えるようになったなら、真の気のせいだ。そういう目で見られてるんじゃないか、って思うからそう思えるだけだ」
 確かに、プロデューサーの言う通りかもしれない。審査員の人の見る目が変わるんだったら、『エージェント』を歌い始めたころじゃないとおかしい。
「ついでに言うとだな、作詞の先生に歌詞の意味を聞いても『本当の意味』はわからないぞ。先生はそう考えた、ってだけの答えが返ってくるだけだ」
「え? そんな」
 作詞した人が考えた意味が本当の意味でないんだったら、本当の意味ってどこにあることになるんだろう。本当の意味は、そこにしかないんじゃないのかな。
「だってな、真、『エージェント』を聴いた人はみんな作詞の先生に歌詞の意味を聞きに行くのか?」
 そんなことは、ないと思う。
「そんなことはないだろうし、大体無理だろ? だから、みんな好き勝手に歌を聴いて感想を持つんだよ。真も律子も先生もその一人ってだけのことだ」
 誰でも自分が持ったイメージで『エージェント』を聴くしかないってことか。もし、「本当の意味」があったとしても、みんながみんなそれを頭に入れて聴くわけじゃない……ってことかな。
「いっぱしのアイドルなら、周りに惑わされるな。真が『エージェント』をかっこいい歌だと思うんなら、真の『エージェント』はかっこいい歌なんだ。そういう感想を持たせる力は、真にはないのか? いいや、あるはずだね! 俺にはわかる」
 確かに、ボクは『エージェント』をかっこいい歌だと思ってた。そしてそのつもりで歌ってた。あとは、それをファンのみんながどう思ってくれるか、ってことか。ボクがしっかりそのイメージで歌えていれば、それだけ多くの人が『エージェント』をかっこいい歌だって思ってくれるはず。
「そうか……そうですね!」
 プロデューサーが、うんうんと首を振っている。
「そうだ。真が『エージェント』をかっこいい歌だと思っているなら、みんなにそう思わせてみせろ!」
 歌詞がいやらしく聞こえるからって、自分がいやらしいアイドルと思われるかどうか、なんて気にしてもしょうがなかったんだ。
「自分で、自分のイメージは引き寄せていかないといけないってことですね!」
「そうだ。吹っ切れたか?」
「はいっ!」
「よし、じゃあ景気付けだ! メシ行くぞ! どこがいい?」
 プロデューサーは青信号を確認すると、車を急発進させた。
「あ、ボクお寿司食べたいです! お寿司!」
「また寿司か……まあいいや。真のためだ!」
 一瞬プロデューサーの顔がくもったのは、やっぱり予算のせいかな……。ついこないだで今日だもんね。でも、すぐにオッケーを出してくれた。
「やーりぃ! プロデューサー! 大好きですっ!」
「おいこらくっつくな! 運転中だ危ないだろ!」
 プロデューサーが照れてる。ボクだってレーサーの娘。危なくない程度のじゃれ方だってわかってるんだから。

 俺は、再び「LOVE LOVE LIVE!」のステージに立つ真を舞台袖から眺めていた。隣の加賀さんが、嬉しそうに話しかけてくる。
「いや、前回の真ちゃんはいつもと全然様子が違いましたから、心配しましたよ。でもすっかり復活ですね」
 相変わらず感じのいい人だ。軽く会釈をしてから、気になっていることを聞いてみた。
「ご心配をおかけしました。それで、どうですか? うちの真にも色気は出てきましたかね?」
「そうですねえ……」
 加賀さんは数秒真を見ていた。振り返った表情は冴えない。
「765プロさんとは長いお付き合いですから、本当のことを言いますが、やっぱりその線はダメみたいですね」
「そうですか。ありがとうございます。……加賀さん」
 怪訝そうな加賀さんに、俺はニッ、と笑ってやった。
「これが、菊地真です」


真って健康元気娘で『エージェント』の歌詞だけ見ると似合わない感じがしますよね。曲もつけて考えるとそのミスマッチが真のかっこよさと結びついていい感じになるんですけど。

少女漫画脳の真は『エージェント』の歌詞の意味分かってんのかなーと思ったのがこの話の発端です。そこから真知ってんのかなあ知らないんだろうなあ教えたら少女漫画脳だから大変だろうなあ、と繋がって、それを真のアイドルとしての成長と組み合わせてこうなりました。りっちゃんありがとう。りっちゃんしかこの役はできない。りっちゃんがいなければこの話は完成しませんでした。小鳥さんだと大変なことになりますし!

そのりっちゃんと真の会話のシーンですが、mouruさんが素敵なイラストにしてくださいました。こちらです→ mouruさんありがとうございます! リッチャンハミミドシマデスヨ! こういうのを平然と言えるりっちゃんではないところがりっちゃんの可愛いところです。

2008.9.1 れらしう

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