coroさんのアイマス1時間SSに参加しました。

お題は、「憂鬱」「ナイフ」「白」「賽」です。


賽を投げる決意

「これが私にとってのルビコン川、か……」
 固まらない決心をなんとかしようと、何度も何度もサイコロを振ってみる。黒いテーブルに、白がまぶしい。二十回振って、六が十回も出た。
「……運は味方してるのかしら」
 でも、くだらないことで運を消費しているような気もしてきて、手を止めた。このサイコロはプロデューサーがお守りだといってくれた物。
「私、ギャンブラーなんかじゃありませんよ?!」
「サイコロはギャンブルにだけ使うもんじゃないぞ。これで運勢をはかることもできる。そして、何より――」
 あの時の言葉を、ゆっくりと思い出す。
「『――何よりも大事なのは踏み出す一歩。サイコロを振ろうという決断だ』って、言ったんだっけかな」
 それは、わかる。
 古代ローマのユリウス・カエサルは「賽は投げられた」と言ってルビコン川を渡って反逆して、勝利を得た。良く知っている。この決断がなければ、カエサルは間違いなく没落し、鬱屈した余生を過ごしていただろう。
 でも。
 アイドルアルティメイト決勝。勝てばもちろん、若手最注目アイドルの座は確固たるものになるだろう。でももし、落ちたら。この一年間積み上げてきたものは、どうなってしまうのか。
 相手は、あの美希。持つ者と持たざる者で言えば、美希は持つ者で私は持たざる者だ。765プロでは短いつきあいだったけれど、それでも充分にわかるくらい、美希は「持つ者」だ。持つ者は気軽にいくらでも賽を投げられるのかも知れない。だけど、持たざる者がいい加減に賽を投げてもいいことがあるとは思えない。例えば、サイコロを振り直せる工夫とか、そもそものサイコロの数を増やす算段とか、そういうものが必要。今の私に、あの美希を相手に、そういう準備は足りているのか。
「何だ、律子。ここにいたのか」
 ドアが開いた音がしたと思ったら、プロデューサーだった。
「どうした、くらーい顔して」
「……分かっているくせに」
 私の言葉に、プロデューサーは大げさに肩をすくめて、溜め息をついた。
「まだ自信がないからアイドルアルティメイト決勝には出たくないとか言ってるのか」
「そりゃ、そうですよ! 相手は、あの美希!」
 ちょっと声が大き過ぎたのか、両手を上げてプロデューサーは降参のポーズを取る。私が口をつぐむと、今度はプロデューサーが口を開いた。
「自分は美希に勝った実績がない、か?」
「……はい」
 美希とは何回も同じオーディションに出たことがある。美希と一緒のオーディションで私が不合格になったことは一度もないけど、美希は必ず私より好成績で合格していた。
「しかしなあ、律子。勝者には常に勝利の保証が元々あったのか?」
 話が飛んだ、気がする。私が首をかしげると、プロデューサーは少し考えてから言葉を繋いだ。
「律子は得意だろう? 歴史。戦争でも……まあ争いごとや競争なら何でもいいや。そういうのは必ず戦う前から決着が付いていたのか?」
「どういうことですか?」
「律子は美希に勝ったことがないから今回も勝てないと言う。なら、戦いは戦う前から決着が付いていると言ってるようなもんじゃないか?」
 そう、なるんだろうか。
「勝つ者は勝つべくして勝ったのかも知れない。だが、常に勝者はそれを確認してから戦ったんだろうか?」
 そういうことも、あるだろう。だけどそれは私の感覚では既に勝負じゃない。そして……そう言われてみれば……私と美希は勝負にならないほど実力の差があるとも……思えない。
「それこそ、やってみなきゃわからんさ」
 そう言うと、プロデューサーはさっきのサイコロを見付けて、手に取った。
「まだ持っていてくれたんだな。常に同じ目を出すサイコロなんてな、要らないんだよ……なぜ、神はサイコロ遊びをするのか!」
 言葉の後半にわざとらしいほど力を込めて言うと、プロデューサーはサイコロを振った。六の目が出た。
「それに律子は765プロ1の敏腕プロデューサー、高木社長の果物ナイフの俺が見てるんだから。美希に太刀打ちできないだなんて、少しも思わないな」
「うちってプロデューサーはあなたと新人がもう一人いるだけじゃないですか! それにそれを言うなら果物ナイフじゃなくて懐刀でしょう!」
 わかってる。プロデューサーは私が落ち込んでると、理詰めで原因を取り除こうとしてから、最後に少しだけ怒らせようと軽口を叩いてくるんだ。実際、私は怒ってる方が元気だったりするからなあ……。
「おっ、もう不安は解消したようだな」
 悔しいけど、その通りだ。操縦法を熟知されてしまっている。
「いいえ。こんなプロデューサーじゃ、まだ不安です」
 素直にはいと言うのは癪だから、口ではそう言ったけど、気分はもう、ほとんど晴れていた。それはきちんとプロデューサーにも伝わっていたみたいで、軽口を叩いてきた。
「そうかそうか、まだ不安か。まあある程度の不安がないとよろしくない。緊張感がないとたるむからな。そいつはいただけないな」
「さっきまで不安になるな不安になるなって言ってたのに急に調子を合わせないでください。このお調子者!」
「おお! ちょっと調子いいぐらいでないとこの業界生き残れないからな!」
「どうせ私は堅物のつまらない女ですよーだ!」
 そして、二人で笑った。不安がまったくなくなったわけではないけど、敵前逃亡するなんてもってのほか、と思える程に自信は戻ってきた。見てなさいよ、美希。私は全部六の目を出してやるんだから!


「憂鬱」はりっちゃんの気分。「白」はサイコロの色。「賽」はメインテーマですね。「ナイフ」は反則的出現になってしまいました。んーむむむ。

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