coroさんのアイマス1時間SSに参加しました。

お題は、「下手」「レコード」「投げる」「namco」です。


時代と円盤

「ちょっと! これはどういうことですか!」
 倉庫のドアを開けるなり3秒ほどフリーズしていた千早が急に大声を出したので、亜美も真美も一瞬手を止めた。しかし、千早の問いかけはこちらにおっかぶせるつもりなのか、二人はこちらに視線を向けると元通りに動き始めた。
「くらえー!」
「こんなのが最後の技だとはな! 見そこなったぞ真美! そんなつまらん技で望みをつなぐようじゃな!」
 千早の叫びは質問じゃあなく、おそらく制止の意味合いを持っていたんだろうと思うが、二人はまったく動きを止めようとしない。千早はそれに腹を立てたのだろう、顔を真っ赤にして、また大声をあげた。
「プロデューサー!」
 ああ、やっぱりこっちに来るか。まあ、そりゃそうだ。
「俺は何もしてないぞ?」
 両手を上げて降参のポーズをして見せたが、即座に言い返された。
「してください! 二人を止めてください!」
 すごい大声だ。日頃のトレーニングの賜物だろう。
「わかったわかった。亜美! 真美! そこまでだ。もう充分遊んだだろ?」
 そう言って、まだ投……盤? モーションを続ける亜美の手首を掴んだ。亜美はつまらなさそうに唇をとがらせた顔をこちらへ向ける。
「えー?」
「まだまだ足りないよー兄ちゃーん」
 真美も亜美に同調したが、その声に千早の大音声が覆い被さった。
「やめなさい! レコードは投げるものじゃありません!」
 だが、亜美も真美も怯まない。さすがだ。この無駄な度胸の百分の一でも雪歩に分けてあげたい。
「投げるものじゃないものを投げるから楽しいんじゃん、ねー真美?」
「そうだよ千早おねえちゃんもやってみなよーきっと面白いよー」
 どうも亜美のはともかく真美の台詞は完全にまずいスイッチを押してしまったようだ。千早はうつむいてぶるぶると震えている。見れば千早は顔どころか拳まで真っ赤だ。これはまずい。二人に避難の指示を出そうとしたが、
「真美! 兄ちゃん! あと片付けはまかせたよー!」
「あーっ亜美だけ逃げるとかしんじらんないしー!」
さすがに鋭い。こっちから指示する前に二人とも倉庫から退去を完了させていた。すかさず、ドアの前に体を移動させた。これならば、自分一人が叱られるだけで済むだろう。

「どうしてあんなことを許したんですか!」
 テーブルについて、千早の説教を受けることになった。さっきほどではないにしろ、千早の怒りは鎮まる気配を見せていない。下手に出ておいた方が良さそうだ。
「いやさ、倉庫の整理を任されたんだけど今時レコードもないだろうし処分しようって社長が言ってさ、『765プロもレコードの時代は脱した! 好きにしてくれて構わんよ』とか言うもんだから亜美も真美もこれ幸いとさ」
 口をついて出て来た言葉は全然下手じゃなかった。困ったものだ。
「そうじゃありません!」
 千早の手が強くテーブルを叩き。大きな音を立てる。
「どうしてあんなことを許したんですかと聞いているんです!」
 こっちとしてはただ眺めていただけで、特に理由はないのだが、そう言うわけにもいかない。何とか理由を絞り出した。
「いやー倉庫の中の壊れ物はもう片付けたしなあ、音源は小鳥さんが全部データ化したって言うし、止める理由もなかった」
 すかさず突っ込みが入った。
「投げてたのはレコードですよ?!」
 「いやー……」言葉を濁して、腕を組んだ。
「もう一般家庭にゃまともにプレーヤもないもんだしなあ……千早、欲しいんなら好きなだけ持ってっていいぞ?」
「いえ、うちにもレコードのプレーヤはありませんけど、それでも!」
「聞く手段がないならただの円盤だろ、残念ながら」
 千早の迫力があんまりなので目をそらして応対していたが、ついさっきまであの勢いだったのに返事がない。不審に思って視線を向けると、千早は涙を流していた。
「……ひどい……です。プロデューサー」
「ちは……っ」
 あわてて、ポケットの中のハンカチを差し出した。それを見て千早はちょっと目を丸くした。頬を手でぬぐってからハンカチを受け取り、涙を拭いた。自分でも泣いていたことに気付いていなかったようだ。
 しばらく千早が口を開かないので、こちらもどう声をかけるべきかわからず、黙っていた。
「お返しします」
 千早のその声で、静寂は破られた。時間の流れが倉庫に戻ってきたような気がした。差し出されたハンカチを、受け取る。
「いいですか……いつか、CD もレコードのように廃れる時が来たら私たちの CD もあんな風に投げられていい、そう言っているんですよ? プロデューサー……」
 さっきまでの千早とは打って変わったか細い声だが、受けたショックは比較できないほど、こちらの方が大きかった。目眩がしたような気すらした。俺は何を考えていたのか。
「悪かった。申し訳ないことをした。このレコードに関わってきた人達にだ。そうだよな、CD も、レコードもただのものじゃないんだよな……関わってきた人達にとっては」
「わかっていただけましたか」
 ようやく、千早に笑顔が戻ってきた。
「ああ、申し訳ないことをした。俺は千早の CD が投げられているのを見過ごすような真似をしたんだな」
「そうです。私達の CD と同じなんですよ。このレコードは」
 床に散乱したレコードと、そのレコードがアイドルものであることを示すジャケットに、千早は目を向けた。
「もう聴けない、そんな事情があって処分をするにしても、敬意を払わなくてはいけません」

「しかしまあ、やっぱりこのまま捨ててしまうのも考えてみれば勿体ない話だよな」
 手分けして、すべてのレコードをジャケットに戻し終えてから、思いつきを口にした。
「骨董品もののプレーヤが一台あったな。レコードと一緒に捨てる予定だったけど、あれで何枚か聞いてみるか」
「それはいいですね!」
 さすがに、千早も名前を聞いたことがあるようなアイドルの曲は荒削りであったとしても見るべきところがあり、千早も目を輝かせていたのだが……。
「何ですか、これ……」
「時代、かなあ……」
 「知らないアイドルの曲も聞いてみたい」という千早のリクエストに応えた途端、何とも言えない雰囲気になってしまった。
「いやほら、可愛ければそれでいいという時代があったんだよ」
「下手とは、言いませんけど……」
 千早の顔は、下手と言っている顔だった。何とも……。
「それでも! こういったレコードにも敬意を払わなければダメなんです!」
 その表情で言っても、説得力がない。以前に比べれば建前も使えるようになってきたなとは思うが。うちのアイドルが大ブレイクするには、やはり技術以外の部分が壁になりそうだ。
「……今が可愛ければそれでいいという時代じゃなくてよかった」
「そうですね、私達は運がよかったです」
 冗談かと思えば千早は真顔で言っている。大アイドルへの道は、なかなか厳しそうだ……。


「レコード」「投げる」はそのまま。「下手」は「したて」と「へた」で出しました。「namco」は「765プロ」が1回出てまして……(反則気味)

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